個人植樹

他人の気持ちを考えられるようになる為に
自分のことを知ろう


(中学生以上なら)
これを読んでみて「ただ植える」のももちろん良いのですが、それだけではなく、今の自分を知り、目指すべき成長を楽しみましょう!
 もちろん読んでみておくだけでも構いません。

「僕は木を植えたよ!」「私は木を植えました」と同じ言葉で言う人でも、、準備からやり方まで中身は違いますよね?
「人それぞれ」とは言ってしまわずに、その「人それぞれの中身を知ること」がこれからの時代には大切になってくるはずです。

自分の一言は、相手に誤解を与えていないものなのか?
信用してもらうためには「その一言」で良いのか?など、


ここで幾つかの例を書き出してみます、あなたがやってみる前に「他人のこういう内容を自分はどう思うのか」を。
そしてやってみた後「自分はどれくらいだったのか」を反省してみてくださいね。


⓪ 結局はやらない。(話の理解もしない)

①「何をするのか」を聞いて、お金だけを払ってそれを誰かにしてもらう。

② 準備してもらった場所に連れて行ってもらい、すでに用意されたものを言われた通り ただそこに植えるだけ。

③ 人に言われた通りに準備して、言われた場所に植えにいくだけ。

④ 一連の作業予定の中で「面倒くさくてやらなかったところ」や「自分ができなかったところ」を認めず、「自分からそれをお願いすること」もせずにやってもらって出来た結果なのに「ありがとう」も言えず、感謝もできない。…それどころか「どうして勝手にやったの!」と。

⑤ 知ってるところと分かるとこ、やりたいことだけ・肝心なおいしいところだけやり、「自分がやった」と主張するために最小限でやる。


⑥ …(5と7の間の色々なケース)

⑦ 色々と自分で考え、調べて覚えて、最初から最後までの理想的なイメージは頭の中でできたが…それで満足し、これも結局しなかった。

⑧ 準備から自分で調べ、場所も自分で勝手に決めて、植え方も自分で調べて、自分の判断のみで行う。…だが、本当はその途中で「先に一言確認を取ることが、とても良い結果に繋がる可能性のあること」だと分かっていても、他人との関わりへの苦手意識等から「言ってみる・尋ねてみる・話してみること」をせず、しないうちから勝手に決めつけて「ショウガナカッタンダ・シカタナカッタンダ」こととする内容でやる。(物事を進めていく上で、できるだけ(苦手な)他人と関わらないことを前提に、その枠のなかでやることが本当の最善だとして決めつけてしまう)

⑨ …植える庭やお金、自分と比べて周りの色々な人達との条件の違いや差を知り、それを…悲観せず、ただのラッキーだと思わず、言い訳せずに、実現する道、乗り越える正しい手段を考え、探し出し、見つけて自身の力にするプラスの思考に変えられるか、また、それらを周りに…

⑩ 準備から自分で調べ、場所も考え、自分で何とか許可も取り、見つけてきて、植え方も自分で調べて、実行するうえで各方面に迷惑がかからないかを自分でも直接的に確認して、説明が必要な関係者様には自分で(も)理解を得て、し始め、進めていく。


このように、結果までにどのような内容でも
自分が大地に植えれば確かに「個人植樹」は完了だ。
 


ここまで読んでくれてありがとう。
そして、ここで大事なことを伝えておきます。
⓪〜⑩まで書いてあるこれは、個人植樹に限らず色々な物事にあてはめられますが、
どのやり方、どの内容が悪いというものではありません。
物事やテーマによって、人それぞれの興味や感心、考えや想いの深さが違うのですからね。その条件や背景もです。
また、これは「出来る自分」が、「できない者」を見下すための具体例でもありません。

「その人のそれ(物事)に対する興味や関心の度合い、価値観を察するためのもの」だったり、「自分の成長や弱い部分を知るためのもの」として書いてあります。
 自分がしっかりとできるようになったからと言って、他人が同じ理由でできるようになるとは限りませんし、もちろんそれを教えてあげることでできるようになるのかもしれません。

もう一度言います、
 これは、できない相手を見下したり拒むためのものではありません。差や違いを受け止めて、必要性に応じて、そこにある何故を、お互いに理解し合っていけるようにするためのものとして読んでください。
 そして必要なら求めに応じて弱い部分をフォローしていくことへと。


では、この誰でもできないわけではない「大地に自分の木を植える」という簡単で難しいミッションを、無視できないとしたら、あなたはどんな内容で完遂するのかを、楽しみにしています。

いいですか?
何も考えず植えて…枯れるのは「当たり前」です。
何も考えずに植えて…立派に育つのは「ラッキー」です。
しっかりと調べ、考えて…枯れてしまったのは「運が足りなかった・良くなかった」のですから成長のための反省点が分析できます。

なので、「個人植樹」の場合は
せっかく立派に育っても→「得るものが全然ないのが大失敗」で、
たとえ枯れてしまっても→「得るものがあればあるほど大成功」なのです。
(ただ大失敗といえども、ちゃんと地球は喜んでくれると思います)


入口は「自分の水や酸素のため」ですが、出口には「あなたの成長」が地球(自然)からのお礼です。
一石一鳥になるか、お礼を受け取り一石二十長になるかは、あなた次第だと思います。


心の成長は、目に見えていない友達の数や、自分の知らないところでの信頼や信用などに現れてくるものなので、、あなたの把握しているその表面上の人数や、(大人なら)今の時点で持っているお金の数値とは違うものです。

僕からの説明はこれくらいにしておきます。

高校生なら
どんなことからも沢山のものを得られる大きな人間に成長していってください。


大学生なら
その優しさを強さに。




鹿の出る山に
山のほうが
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